門番相手に腹を立てていた麿=今川氏真(いまがわうじざね)であったのぢゃが、
ブレーンの声で我に返った。
そうぢゃ!袖の下が無いなら、交易をして金を稼げばいいのぢゃ!
「交易品相場」を見ると「小田原の町」の蜜柑の在庫が最大になっており、しかも安い。
麿は急ぎ「小田原の町」へ向かった。
3貫900文で250まで購入可能ぢゃ。
交渉1回で975貫が877貫500文で購入できた。
さらに「交易品相場」で高い相場の町を発見。
常陸国「鹿島の町」が高いぞ。
11貫400文で250を売却。
2850貫が、交渉1回で3135貫になったのぢゃ。
麿の所持金は3598貫900文ぢゃ。
これに気を良くした麿は、さらに「交易品相場」で特産品が安い所を発見した。
武蔵国「江戸の町」の「茶」が安い。
19貫500文で184個ぢゃ。
3588貫を交渉1回で3299貫200文にて購入しておいた。
売り時の「鹿島の町」へ行って売る。
20貫800文で184個で3827貫200文を交渉1回で4209貫900文ぞ。
3299貫が4209貫になったのぢゃ。
( ̄ー ̄)ニヤリ
麿、商売上手ぢゃのぉ~。
「交易品相場」は一度調べておくと、在庫や単価は分からなくなっていくようぢゃが、基本相場の高い、安いは残るのかの。
一度は町に行って、座で相場の確認をしておくべきなのかもしれぬ。
京の町に戻るついで、ぶらりと町に寄っていくことにした。
遠江国「浜松の町」も調べたが、相場は標準。
続く、三河国「岡崎の町」は相場が安かったので、特産品の「木綿糸」を購入。
8貫100文で250個、2025個を交渉1回で1822貫500文に。
次に入った尾張国「清洲の町」はここも買い時。しかも普通に「木綿糸」を売っており6貫600文では…大損ぢゃ。
買い早まったやもしれん…。
美濃国「岐阜の町」は相場は普通。ここにも「木綿糸」を売っており、売値は7貫100文…。
この辺りの定番商品だったのか?
不安がよぎったのだが、
O(≧∇≦)O イエイ!!
隣の北近江国「長浜の町」は売り時で、しかも「木綿糸」は売っておらず。
12貫で売れ3000貫が、交渉1回で3300貫に!
南近江国「安土の町」にも立ち寄った。
色々な町の相場を知っておく事は、交易のためにも必要なようぢゃ。
麿、勤勉ぢゃからな!
「京の町」へ戻った瞬間、忍者が報告に訪れた。
「里見家は滅亡しました」
どうやら北条氏にのまれたようぢゃ。
1578年4月28日の事であった。
少し休んで月がかわって、すぐに細川藤孝(ほそかわふじたか)殿の元へ出かけて茶席を設けたが、なかなか親密度があがらぬ。
六角丞禎(ろっかくじょうてい)殿、竹中半兵衛(たけなかはんべえ)殿、石田三成(いしだみつなり)殿、病気になっておって、麿が薬をあげた細川忠興(ほそかわただおき)殿は、ハート二つまで親密度があがったのだがの。
しかし、何事も一日にしてならずぢゃ!(麿時間でも何ヶ月もかかっておるが…)。
麿は、まだまだ優秀になる余地をはらんでおる。
こういう時間を利用して、師事して技能を身につけるのぢゃ!
そう…「りべんぢ!」するぞ!『算術』の「びんご」に!
すぐに商家を訪れたのぢゃ。
極意が見えてきたと言われ、3列以上が規定数となるようぢゃ…難しいの。
しかし、麿は順調に「だぶるりいち」までこぎつけた。
このままでは2列が最高か?と思われた瞬間
茶屋清延が選んだ数字が麿の「だぶるびんご」になり、麿は2列揃ったのぢゃ!
(*^-゚)vヤッタゾヨ♪
麿は、後1回で「りいち」は一つなので、当たり目は1つだけぢゃ。
緊張した麿は「二十四」を選ぶ…
むなしく「終了」の文字がっ。
「私に勝つとはかなりのものですな…鍛錬をつづけなされ」と言われた。
やはり「びんご」は難しい。
何やら「目利き」という書画刀剣などの鑑定眼が身につく札(カード)を手に入れたようぢゃ。
どうぢゃ麿は「目利き」ができるようになったぞ。
「いい仕事しておるのぉ~」などと言ってみたりした…満足ぢゃ。
6月(水無月)になり、月が替わったので、茶席を設けに行くが細川藤孝殿がおられぬ!
なんということぢゃ…仕方なく他の方々と茶を飲んでおったら、細川忠興殿が「数奇者(すきしゃ)」の称号札(カード)をくれおった。なんでも、「風流を愛し、茶の湯を好む教養を持つ者」の事ぢゃとか。
麿、教養を持つものぢゃから当然ぢゃな!
何でもこれで魅力+3されるのぢゃ…また一歩イケメンへ近づいたの!
残念な事に、今月は武将の留守が目立っておる。
近くでドンパチと戦(いくさ)をやっておるので、それに出向いておるのかもしれぬ…。
竹中半兵衛殿や黒田官兵衛殿もお留守ぢゃった。
後でもう一度きてみよう。
六角丞禎殿と茶席を設けると、「弓術を極めておらぬな」と言われたが親密度は最高ぢゃ!
麿に『弓術』を教えてくれるようになったらしい。
早速、教えてもらおうとしたのぢゃが、ブレーンのヤツがまた止めおった。
どうやら武力が低いと難しさがあがってしまうようぢゃ。
それを回避するために、麿に京都の公家宅へ行けという。
言われるがままに、公家宅へ入るとそこには「菊亭晴季(きくていはるすえ)」様がおられた。
麿が茶席を済ませて席を立つと、ヤツがもう一度訪問するようにと言いよる。
言われるがままに訪ねると…
晴季様は頼みがあるという。
全国に二十ヶ所ほど「名勝」として有名なところがあるそうで、晴季様は京を離れられないので、代わりに見てきてもらいたいとの事ぢゃった。
麿は二つ返事で了承する。
「ですが、名勝がどこにあるのかをどうやって調べれば…」と問う麿に、
「道行く絵描きか、武芸者に話しかけてはどうじゃ?名勝の近くの宿屋で聞くのもよかろう」との事。
麿はさっそく出立する事にした。
…
まとめは「
太閤立志伝4 氏真伝ひとまとめ」へ