カテゴリ:太閤立志伝4 長恵伝( 8 )

長恵伝7 訓練…
「兵糧売却」にて大金を足利家へ上納した某(それがし)。



随分と軍資金と逸品手に入れた丸目長恵(まるめながよし)でございます。



11月になりましたので、評定へ向かいまする。



評定では義輝公の「軍備」に対して「内政」を進言いたしましたが…「却下」されてしまいました。



こればかりは、仕方ありませぬ。



身分があがったという事もあって「軍備」の「訓練」をうけたまわりました。



しかし、技能が低いので、まず「弓術」の師事を致します。



同盟国である六角家の六角義治殿が「弓術3」を持っておられます。



コツコツと「贈り物」をして親密度を最高にしておいたのはこのためでございます。



武力が高い事に加えて、所持品により能力が高まっており、「ぶれ」が全く無いので容易(たやす)うございまいした。



2度の「師事」で『弓術2』、『弓術3』と『強弓』を習得いたしましたぞ。



意気揚々と向かった「練兵所」でござったが、残念な事が…。



せっかく、「弓術」をあげて挑んだ「訓練」でしたが、なんと!率いたのは「鉄砲隊」…「弓術」の「師事」が役に立ちませなんだ。



残念でございますが、致し方ござらぬ。



気持ちを切り替えて、訓練開始!



3部隊で将を集中攻撃をして何とか撃破!



2231残して訓練終了。



訓練度が11上がりましたぞ。



勲功値が58上がりました。



ほとんど日がありませんので、家に戻って休みまする。



さて、1月が来ましたので、評定に向かいます。



さて、今回も「軍備」を望まれておるようですな。



此度は義輝公の下知に従います。



やはり「訓練」を受けておきます。



5部隊・兵2116残して勝利。



訓練度は11上がったようです。



勲功値が73上がっています。



おや?



先ほどと比べると勲功値が高いようですな。



ふむ…以前と比べて違うところといえば、仕事を終わらせたのが早いくらいかと。



早く仕事を終わらせた方が勲功が高いのやもしれませぬ。



気をつけねば…。



空いた時間は「技能」の修得に当てる事にいたします。



「弓術」の「師事」にて『五月雨撃ち』を手に入れましたぞ。



続いて、同盟国の筒井家の松倉重信殿に「足軽」を師事いたしまする。



いきなり細川藤孝殿ら「足軽2」の武将に「師事」するより、難易度が下がるかと思いまする。



「五月雨撃ち」と「強弓」が何度か出現してくれた事により、730残して勝利。



『足軽1』を習得し、城へ戻る。



1562年2月30日 忍びより「相馬家が滅亡した」との報が入りました。



どうやら伊達家に攻め滅ぼされたようでございます。



評定まで休むことにいたします。



※ゲーム本体の故障のため、続きが出来ない状態になってしまいました。申し訳ございません。
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by a_doctrinaire | 2009-12-03 01:53 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝6 初めての昇進
兵糧売却の主命を達成し、さらに「弁舌3」を得た某(それがし)。



これでかなり稼ぐことができる…丸目長恵(まるめながよし)でございます。



9月の評定が始まります。



某(それがし)は働きを認められ…



『足軽大将』に昇進いたしましたぞ!



ようやくこれで家臣を雇うことが出来ますな。



浪人に限りますが…。



そして、自宅に戻っても、祝ってくれる妻もおりませぬ。



そろそろ身を固めたいとも思いますが、出会いがまったく…。



こればかりは、「縁」でございましょうな。



さて、こたびも「軍備」に対して「内政」を提案して了承されましたぞ。



勲功値が50上がっています。



序盤に進言を受け入れられる事でも、勲功が上がり、繰り返す事で昇進が早まりますな。



またしても「兵糧売却」の任につきます。



二条城と某(それがし)の軍資金を増やしておく必要があります。



個人的にさまざまな物を買うのにも必要ですし、城の金が無くなると受けられる主命が限られてしまうようです。



ある程度高い生産力が無い城や大名家では、この「兵糧売却」などがかなり大きな役割を果たす事になります。



さて、兵糧の相場で現在確認できる中では、買い相場は250の目加田、宮津、堺、売り相場は336の富山、329の亀山など。



9月になって急に米の価格が下がっておるようです。



やはり収穫があったと考えるのが妥当でしょうな。



こたびは買い相場も変動しておるようですぞ…細かい内訳は端折ります。



目加田で209千石で買った兵糧は、亀山で80136貫で売却できもうした。



宮津で47700貫で225千石を購入。



町の米在庫をすべて買い尽くしましたぞ。



売却しようと相場を調べると、亀山の相場が未だに322と高い。



所持金を金庫に入金して、「亀山の町」へ。



83250貫になった。



堺で220千石を46640貫で購入できましたぞ。



残りを金庫に入れに戻る。



中国地方の相場を確認すると姫路が高く、86680貫で売却。



次は「三原の町」が安い。



220千石を48620貫で購入できました。



金庫に金を入れると一杯になりました。



知行分を少し空けておきます。



残った資金は「大人買い」ですぞ。



「金塊」や「壮腎胆」を大量に購入し、価値の高いアイテムを買っておきます。



暇ができれば、「同盟国」の「師事」できそうな武将や能力の高い武将との親密度を上げておくようにします。



「京の町」で武力を+10する「色々威腹巻」、統率力を+10する「史記」なども買っておきましたぞ。



姫路で220千石を84920貫で売却。



奈良で225千石を53550貫で買いました。



残りはまたも「商家」で価値の高いアイテムを買いますぞ。




「京の町」で「絹」を購入し、「石山の町」で売却しようとすると…







「よう、あんた。「砂糖」っていうのを知ってるか?」(座の親父)



「ああ、とても甘い粉であろう。高価な品だと聞くが…」(丸目長恵)



「ああ、南蛮から来たものは値が張るな。とてもあの値段じゃ商売にならねぇ」



「海を渡ってくるから高いんだ。こっちで作れればいい商売になるんだがな…」(座の親父)



「そうだな、安くなれば欲しがる者もふえよう」(丸目長恵)



「な、そう思うだろ?だが、作るにしても大量に作らないと意味がねぇ」



「南蛮の奴らならうまい作り方を知ってるはずなんだが…」



「平戸に行く機会があったら、探ってみてくれよ」



「まあ、よっぽど仲良くならないと教えてはくれないだろうがな」



「よろしく頼むぜ」(座の親父)







との事。



この所持金を活かすべく、砂糖を求めて「平戸の町」を目指します。



「平戸の町」の「南蛮商館」で「ミランダ」からアイテムを買います。



ここでは「交渉はご法度」ですぞ。



親密度を高めるには高い買い物をする方が良いようですからな。



晴れて親密度が高まったなら、「南蛮商館」に入りなおしてくだされ。



「製糖技術」を100貫で売ってくれます(何度か断ると25貫で買えるそうです)。



さらに親密度が高い事もあって「水晶産出」をもらう事ができました。



ついでと言ってはなんですが、「博多の町」でもアイテムを買って、親密度を高めておきます。



残った資金を「投資」しておきました。



さて、畿内に戻ろうとすると、



「姉小路家は滅亡しました」との報が…どうやら武田家に蹂躙された様子。



武田の次なる矛先は…どこでありましょう?




さて、道中で月が替わって、相場が変動しております。



キタ━━━(゚∀゚)━━━!!!!



売り相場は455の目加田、434の三原、427の奈良が高く、買い相場は250の姫路、260の亀山が低いようです。



まずは三原で、兵糧を売却します。



200千石を交渉で100000貫になりましたぞ。



次に姫路で購入いたします。



235千石を49820貫で購入できました。



かなり資金に余裕が出来ましたな。



アイテムを購入してもお釣りが着そうです。



「姫路の町」に12000貫を投資しておきます…特産品の質向上が可能になるそうですぞ。



「平戸の町」で手に入れたので、「石山の町」に「製糖技術」を報告に行きます。



これで、「石山の町」に特産品「砂糖」が出現いたしますぞ。



他には「堺の町」の「南蛮商館」で大人買いをすることで「瑪瑙(めのう)産出」を得る事ができます。



「京の町」にも「投資」致します。



軍資金が減ってきたので「目加田の町」にて兵糧170千石を売却。



「目加田の町」でも「投資」。



「今浜の町」に「水晶産出」を届けて、さらに「投資」もしておきます。



そのまま北上し、「金沢の町」で「瑪瑙産出」を届けて、こちらも「投資」を行います。



北陸の「輪島の町」へも「投資」。



軍資金が減ってきたので、「亀山の町」にて130千石を購入し、まだ相場の高い「目加田の町」にて売却します。



期間も差し迫ったので、「二条城」へ戻ります。



二条城へ戻ると







「武田家の嫡男・武田義信が自刃したようです」(忍者)



「なんと!?して、それは何ゆえじゃ?」(丸目長恵)



「武田家は甲信一帯を手中に収め、次に今川家を狙っていたようです」(忍者)



「なるほど……桶狭間で義元が討たれ、氏真が継いでより今川家は弱体化している」



「北の上杉と争い続けるよりは南の今川のほうが組しやすかろう。信玄の決断もうなずけるな」(丸目長恵)



「しかし、義信は父・信玄の駿河侵攻政策に強く反対したそうにございます」(忍者)



「義信は、甲相駿三国同盟成立の際に、今川氏真の妹を娶っておる。反対するのも当然か……」(丸目長恵)



「義信の反対で駿河侵攻は保留となりましたが、それ以来、信玄と義信父子の仲はうまくいっていなかったようです」



「義信は、武田家家臣・飯富虎昌と父・信玄の国外追放を画策するも虎昌の弟・昌景が、信玄に注進し露見!」



「虎昌は自害して果て、義信は今川家への亡命を企てましたが、これも察知され、ついに腹を切った模様……」



「かつて信玄がその父にしたことを今度はその子が父にしようとするとは……まったく因果応報とはこのことよ」



また信玄は、虎昌の弟・昌景に山県姓を継ぐよう命じたそうでございります」(忍者)



「ふむ、家臣の立場を気遣ってのことか。しかし……武田家にそのような内紛があったとはな」(丸目長恵)



「はっ、義信の死によって武田家中には今川との手切れに反対する者はいなくなり、信玄はついに今川家との同盟を破棄しました」(忍者)



「甲相駿三国同盟の一角が崩れたか……」(丸目長恵)



「一角どころではござりませぬ。信玄の今川家との同盟破棄を怒った北条氏康が武田との同盟を破棄いたしました」(忍者)



「そうか!三国同盟は完全に崩壊したか!これで天下の形勢も変わるやもしれぬ……報告、ご苦労であった」(丸目長恵)



「はっ!」(忍者)







1561年10月



武田家の根底を揺るがす事件が起こった



武田信玄の嫡男・義信が、重臣・飯富虎昌と共謀して、父・信玄の国外追放を企てたのである



しかし、この謀叛計画は失敗。このため飯富虎昌、武田義信は相次いで自刃して果てた……



武田家の未来に暗雲が立ちこめる結果となったのである







むっ、武田信玄は、川中島と此度の件により、相次いで武将を失ったようでございます。



「人は石垣、人は城」と言っておられたのだが…先が不安ですな。




城に戻って、早速報告いたす。



こたびは60000貫を上納する事とします。



足利家の台所事情を一気に改善するためにござりますれば…身銭を切るも仕方ないかと。



勲功値が60上がりましたぞ。



評定まで休むこととします。
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by a_doctrinaire | 2009-12-01 23:43 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝5 兵糧売却
まずは初めての主命を片付けた某(それがし)。



技能が少しずつですが、高まっている丸目長恵(まるめながよし)でございます。



さて、5月の評定が始まりました。



細川晴元殿が城増築に成功いたしておりますぞ。



さて、こたびは「軍備」をお望みの義輝公でしたが、「内政」を提案。



細川藤孝殿の口添え?もあって、「内政」を受けいれていただけた。



こたびも勲功値が50上がりましたぞ。



主命は「兵糧の売却」に致します。



「売却」という事で、3千石の兵糧を与えられますが、この主命では『売買』が可能です。



相場の安い町で買い、高い町で売って儲けをより多く出すことで高い評価を得られるとの事。



まずは、町に相場を調べに参ります。



ついでに交易品を売買しようと思い、相場の安い「堺の町」へ。



100貫かかりますが、「近畿地方の米相場」を把握しましたぞ。



すべての町を巡って一つずつ調べるもの良いですが、これの方が早く済みますので…金に余裕があるならお奨めです。



ついで?に交渉2度で「麹」250個を480貫で購入。



相場の高い「姫路の町」で交渉2度で「麹」は1590貫で売却。



そして「中国地方の米相場」も把握しました。



続いて「東海地方の米相場」を調べるついでに「浜松の町」で「茜」を求める。



「茜」250個を3160貫で購入。



「敦賀の町」に「北陸地方の米相場」を確認したのだが、相場も高かった。



交渉2度で「茜」は5520貫で売れた。



さて、ある程度「米相場」を調べたが、最も高く売れるのは駿府と宮津の427。



最も安く買えるのは倉敷の440。



まずは「倉敷の町」へ行って、現在の所持金で兵糧を買う事にいたします。



18千石を7128貫で購入。



売却価格の高い「駿府の町」で210千石を9849貫で売却。



隣の「小田原の町」で「蜜柑」250個を860貫で購入。



近くの町を見て周ると「鹿島の町」の相場が高い。



「蜜柑」を3240貫で売却した。



さらに近くの「江戸の町」で「茶」250個を3900貫で購入。



相場の高い「津の町」で5940貫で売却。



月が替わってしまう直前だったので、近くの「清洲の町」で兵糧を購入。



33千石を13959貫で購入。



ちょうど確認すると米相場は…宮津448が最も高く売り時、購入は敦賀の440。



宮津に移動することに。



道中で病になったので、薬を飲んで休んでおきます。



「宮津の町」で16236貫で売却。



「敦賀の町」で41千石を16236貫で購入。



「宮津の町で18942貫で売却できましたぞ。



先々のためにも「技能」を高めたいので、ここらで仕事を終わらせておきまする。



二条城に戻って4000貫を義輝公に献上いたします。



残りはまた次回の利益につなげる所存にて、ご容赦を。







さて、「弁舌」の師事を致します。



某(それがし)、「算術3」を持っており、3度交渉可能ですが、交渉時の確率が悪いようです。



「弁舌」を高めることで確率をあげましょうぞ。



細川藤孝殿に「師事」し、『弁舌2』を習得しました。



藤孝殿の台詞を確認するより、憶えて1文目と2文目を比較して間違っているかを同時に確認し、3文目と4文目へつなげるのが良いかと。



少なくなった「金塊」を求めて「京の町」へ。



城に戻ると…







「武田信玄軍と上杉謙信軍が北信濃の川中島で激突した模様です」(忍者)



「なに!?武田と上杉が!詳しく教えてくれ」(丸目長恵)



「はっ、では…」(忍者)







1561年12月 再三、北信の領有を巡って争っていた武田軍と上杉軍が川中島の地で激突



武田信玄・上杉謙信の両将とも、不退転の決意でこの戦いに臨んだため、かつてない大激戦となった



信玄は、上杉軍を挟撃するため、別働隊を妻女山の上杉陣へ出発させ、武田軍本隊を八幡原に移した



しかし、謙信は事前にこれを察知し、鞭声粛々、夜千曲川を渡り八幡原に布陣。夜明けとともに武田軍本隊に襲いかかった



上杉軍優勢の中、謙信は自ら武田本陣に突入。馬上から信玄に斬りつけること九太刀。信玄は軍配団扇で謙信の刃をかろうじて防ぐ



やがて武田の別働隊が戻ってきたため、形勢は一変し、やむなく上杉軍は越後へ向かって撤退していった



戦いの結果、川中島は一時的に武田方の領有に帰したが、信玄は弟・武田信繁、軍師・山本勘助を失い大きな打撃を受けた



かくして決着のつかぬまま。両者の戦いは終了した



世にいう「第四次川中島合戦」である







「…といった具合でございます」(忍者)



「うむ、ごくろうであった」(丸目長恵)







武田と上杉の戦いで、多数の犠牲が出ているようですな…。



体力も減っておりますし、次の月まで休む事にいたします。



さて、7月の評定でも「軍備」をお考えの義輝公に「内政」を提案。



これまた細川藤孝殿の助言もあって、「内政」を行う事になりましたぞ。




勲功値が50上がりました。



某(それがし)は「兵糧売却」を行います。



前回の影響もあって、そのまま「米相場」を確認可能ですぞ!



買い相場で安いのは宮津の430、売り相場は敦賀の441と輪島の427かと。



まずは宮津に兵糧を買いに走りまする。



3度の交渉で365まで下げる事が出来ましたぞ。



39千石を14235貫で購入いたしました。



最も高い敦賀は最後に取っておきたいので、輪島で42千石を20622貫で売却いたしました。



再び、「宮津の町」に戻って兵糧を購入します。



57千石を20805貫にて購入します。



やはり敦賀を残しておこうと思いますので、次点の「直江津の町」420で手を打ちましょう。



直江津で27531貫で売却いたしました。



三度、「宮津の町」で兵糧を買います。



64千石を23360貫で買いきりましたぞ。



「敦賀の町」で32448貫で売りました。



他に安くで買える町を探そうと「松倉の町」で「甲信地方の米相場」を調べるも…



特に安くで購入できる町は見つからず…。



「粟」250個を1260貫で購入。



相場の高い「井ノ口の町」で2632貫500文で売っておきます。



さて、月が替わって、買い相場が安いのは敦賀の460で、売り相場は石山の448。



交渉次第という所ですな…。



391貫で97千石を37927貫で購入。



「石山の町」で49955貫で売却できました。



さて、本来ならもう一度「敦賀の町」にて兵糧を買って売却したい所ではございますが、ここは師事をして「弁舌3」を身につけようかと思いまする。



二条城に戻って4000貫を献上し、勲功値が60上がりましたぞ。



では、細川藤孝殿の元へ「弁舌」を師事しに参ります。



以前と同じ手順で行い、何とか『降伏勧告』と『弁舌3』を習得いたしましたぞ。



評定まで休むといたします。
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by a_doctrinaire | 2009-11-30 01:28 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝4 評定へ
念願叶って、ついに足利義輝公にお使えする事が出来た某(それがし)。



足利家、足軽組頭となった丸目長恵(まるめながよし)にございます。



さて、晴れて足利家家臣となり、むかえた3月1日。



忍びがやってきました。



「丸目長恵さま。評定開催期間になりました。5日以内に必ずご登城ください」



との事。



最初の評定へ向かいます。



城に入ると足利義輝公が、



「皆、揃っているようじゃな。ご苦労である。さっそく評定を行う。」



「それでは、今後についてじゃ。知っておるとおり、我が家の最終目標は天下統一である。」



「近畿攻略を果たすためにも今月は『内政』を行いたい」



「この方針に関して、何か意見のある者はおるか?」



某(それがし)は意見する事にした。



城の規模が「小」である二条城では、戦になった時に心もとないですからな。



「殿、僭越(せんえつ)ではございますが、それがしに意見がございます。」



「ほほう、では聞こう」



「殿、それがしが考えますに今回は「軍備」を行うのがよろしかろうと存じます」



すると増田長盛殿が



「長恵!殿のお考えを何と心得るか。身の程をわきまえよ!」



ふぅ…仕官が叶った途端に敵意むき出しでござるな。



「ふむ…「軍備」か…」



「…うむ。わかった。長恵の意見はもっともじゃ。今回は「軍備」を行うこととする」




「おお、殿!お聞き入れいただき、恐悦至極に存じます!」と某(それがし)。



「………」沈黙する増田長盛殿。



勲功値が50上がりましたぞ。



主命を選択する必要があります。



今回は「修業」を選びます。



何かと愚痴ってまいる増田殿ですが、ほおっておきましょうぞ。



早速主命の「修業」をして、技能を身につけねば…。



「弁舌」を学ぼうと思いましたが、あいにく細川藤孝殿は不在。



先に「算術3」を学ぶ事にいたします。



3列揃えなければならなにのに、某(それがし)の内政力では四箇所しか開いていないので、



「運」が良くないと難しいように思います。



今回は、「運」よく運び、一瞬映る時を走り書けれたので、3つ揃える事に成功いたしましたぞ。



(これは実は、3人がかりでメモって…)。



『目利き』と『算術3』を手に入れる事が出来ました。



「弁舌」の技能を学ぼうにもまたしても、細川藤孝殿はおらず…。



変わりに「茶道」を学びに「堺の町」へ。



茶器が必要なので「丹波茶壷」を買う。



「丹波茶壷」…丹波焼きの茶壷。丹波焼は丹波国多紀郡今田村で焼かれた陶器で、六古窯の一つに挙げられ、その期限は平安末期にさかのぼるという。桃山時代以前のものを特に古丹波と呼ぶ。



基本は矢印「→」の所をすべて通ると考えて、ある程度序盤の道を確保できれば、終わりから逆算して導けるかと。



『茶道1』を習得いたしました。



城に戻ると細川藤孝殿がお戻りだったので、親密度を上げて「弁舌」を師事。



難なく『弁舌1』を習得。



病気になったので、一休み。



もう一度、「弁舌」を師事しようとすると…「評定があるので控えられよ」との事。



(´・ω・`)ガッカリ・・・



仕方なく、結果を報告する。



勲功値が27上がった。



あっ…評定まで時間があるので、10日で済む「軍学」を学びます。



細川藤孝殿に師事し、双六(すごろく)に挑戦。



大きな数字が出てくれたので、見事に一発で上がれましたぞ!



『魚鱗』、『軍学1』、『鶴翼』を習得しました。



そういえば、複数の技能を高めても勲功が大きく増えることは無いようです…。



まずは始めての主命は無事終了でござった。



あと少しで評定が始まるので、休養いたします。
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by a_doctrinaire | 2009-11-22 10:04 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝3 仕官へ…
特産品の商いをこなす某(それがし)。



所持金が6000貫をこえた丸目長恵(まるめながよし)でござる。



そろそろ、義輝公に献上する品を買おうと思いまする。



献上品を売っているのは肥前国(ひぜんのくに)の「平戸の町」との事。



平戸の町には「南蛮商館」があり、価値の高い「財宝」が売っているようです。



早速、移動いたす。



平戸の町に到着し、価値7の「宝冠」1600貫と価値5の「ルビーの指輪」355貫400文で購入いたしました。



どうやら価値6を買わなくとも仕官がかなうだけの親密度になりそうですな。



帰りに相場の安い「博多の町」で特産品の「絹」250個を3375貫で購入です。



売り時の「赤間関の町」で4375貫で売却。



早速、足利義輝公に献上しにまいりまする。



二条城に出向き、お目通りを願う。



ここで少しばかり邪魔が入りまする。



何かと止める門番は「袖の下」を渡してしまえば良いのだが、問題は小姓の方!



お忙しいという事で、なかなかお目通りが叶いませぬ。



そのたびに、城の外へ出されて、門番に小銭を渡さねばならず…少々歯がゆい。



城主と親しくなると、それも無くなるとの事ですが、門番と小姓をどうにかする必要があると実感いたしました。



これは「忍術」が有効との事なので、急がないなら先に習得したいところですな。



何度か、小姓にお取次ぎを願って許されたので、「宝冠」を献上。



親密度は2つ分まで上昇しました。



しかし、これでも仕官は叶いません…。



どうやら相性が良くない様子です。



この辺りは難しいですな。



一応、来月にもう一つ渡せば、仕官は叶うようですが…。




さて、城仕えまで後少しというところまで来ておりますが、今仕官をするより技能を身につける方が吉。



という事で、ここは「師事」をしようと思いまする。



本来なら早めに取得したいのが「弁舌」「算術」ですが…。



浪人の身ならば、親密度が高ければ、城主以外ならほぼ誰からでも「師事」は可能です。



しかし、城仕え後ともなると大名家同士の軋轢があってそうはいきませぬ。



同盟関係にある家の武将であれば良いのですが、それ以外は…。



浪人である方がに学びやすいという事です。



「弁舌3」は足利家の細川藤孝殿、「算術」は商家にて習得可能ですので、仕官後でも師事は可能。



ここは先々、かならず役に立つであろう「水攻め」の獲得が出来る「築城」にしたいと思います。



そこで「築城3」を持ち、畿内におられる黒田官兵衛殿に師事いたしまする。



まず、病になったので、「医師宅」にて治療を行い回復。



早速、赤松家の居城におられる黒田官兵衛殿の元へ。



「金塊」を渡すと親密度が最高に、比較的新密度が上がりやすいようです。



「築城1」の師事には10日かかるようでございます。



まずは「1000」を目指しますが、なかなか上手く行きませぬ。



岩を削ることが出来るのは内政50の某(それがし)では2度。



何とか挑戦するも「1019」でござった。



体力の減りも少ないので、もう一度挑戦いたします。



此度も「1000」を目指しますが、「1006」でした。



『築城1』を得る事が出来ましたぞ。



さらに挑戦すると…2度目の破壊で「2200」とぴったりを出しましたぞ!



『火攻め』と『築城2』を得ました。



それにしても、「ぴったり」なのに官兵衛殿は何も語らず。



近い時は「近いのでは?」と言うておられたが…。



次は「2500」を目指します。



「2501」が出ましたが、「惜しい!もう少しであったな!」でした。



「落石」を手に入れましたが、「築城3」は手に入らず。



体力が47で病になり、結局41に。



病を治すために「姫路の町」の宿で休みます。



再度挑戦!



「1350」の目標に対して1352で『築城3』が手に入りました。



もう一度、師事します。



「1050」に対して1056で『水攻め』を獲得!



後で分かった事ですが、「築城」の技能を学ぶのに内政力が60であれば、岩を破壊できる回数が3回になっていたと判明…。



(´・ω・`)ガッカリ・・・



金に余裕があれば、能力の上がる逸品を買う事をお奨めいたします。



病になってしまったので、一度「京の町」へ戻ります。




1561年2月3日 京の町に入ると…



「織田信長は浅井長政と同盟を結びましたぞ」との報せが。







「ほう…将来を見据えての布石というわけか。なかなか味なことをやるのう」



「よく知らせてくれた。礼を言うぞ」(丸目長恵)



「ははっ」(忍者)







1561年 織田信長は浅井長政と同盟した。



信長の妹・お市は長政に輿入れした



信長は近江を味方につけ、上洛の足がかりを作ったのである







さて、これで足利義輝公の元を訪れ、親密度を高めれば、お仕えすることが出来ます。



しかし、お仕えして評定が始まるまでには、まだ日があります。



もう少しだけ技能を身につけてからにしようかと。



ちょうど「京の町」におりますので、「商家」で「算術」を学びます。



ビンゴを1列揃えれば良いのだが、某(それがし)の内政力では4箇所あいている状態だそうです。



難なく、1列揃えて勝利すると『算術1』を獲得。



次の「算術2」は、2列揃える必要がありますので、なかなか難しい。



写真機などがあれば対応可能かと。



揃えて勝利すると『商工人脈』と『算術2』が手に入りましたぞ。



あ…算術ならば別に仕官した後でも問題無かったですな。



さて、後2日ほどしかないので、急ぎ二条城へ向いまする。



今回も「袖の下」でお目通りがかないましたぞ。



「ルビーの指輪」を献上します。



そして…仕官



「公方さま、このたびは大切なお願いがあって参りました」(丸目長恵)



「ほう、お願いとな?」(足利義輝)



「この丸目長恵、ぜひとも貴殿の下で働きとうございます!」(丸目長恵)



「なんと!わしに仕えると申すか?」(足利義輝)



「必ずや貴殿のお力になります!どうか、この拙者の願い、お聞き届けくだされ!」(丸目長恵)



「…貴殿の気持ち、たしかに受け取った。では、これよりわしのもとで働いてくれ」(足利義輝)



「おお!ありがとうございまする!」(丸目長恵)



「だが、わしの配下になるからには、今までのような付き合いはできぬぞ。それは心しておけ」(足利義輝)



「ははっ!これから殿のために精一杯働きます!」(丸目長恵)



「うむ。では、さっそく貴殿の家を用意しよう。行ってみるがよい。」



「おお、一つそなたに言っておかねばならぬことがある。」



「特例がない限り、奇数月の初めに、この城で評定が行われる。無論、そなたも評定に出る義務がある。」



「その評定で、わしから受ける主命を期間内に遂行し、わしに報告することがそなたのこれからの任務じゃ」



「次の評定は3月の初めじゃ。長恵、評定に遅れることは許されないぞ」(足利義輝)



「御意にござります。」(丸目長恵)



こうして、某(それがし)は念願の足利義輝公にお仕えできる事となったのです。



1561年2月29日の事でございました。
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by a_doctrinaire | 2009-11-20 01:42 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝2 座で仕事と商い
足利義輝公にお仕えすべく、相良家を出奔した某(それがし)。



浪人生活が始まった丸目長恵(まるめながよし)でござる。



さて、足利義輝公のお膝元「京の町」へ向かう道中で、所々「町」へ立ち寄る事に。



「座」で「交易品相場」を確認したり、「仕事」を請けて軍資金を増やせれば幸(さいわ)いでございます。



出発の地「八代の町」に特にいい仕事が無かったので、次へ。



筑後国(ちくごのくに)「柳川(やながわ)の町」にも特に効率のいい仕事が見当たらず。



しかし、筑前国(ちくぜんのくに)「博多(はかた)の町」にて「宝物お届」で「城井鎮房殿へ長船小太刀を届ける」を発見いたしました!



城井殿は九州・豊後国(ぶんごのくに)の武将。



何故この仕事を請けたかと申しますと…



移動距離が短いので早く仕事を済ませる事が可能なのです。



さっそく城井殿がおられる府内城へ。



自動で移動し、城井殿に渡し…7日で「博多の町」に戻れましたぞ。



報酬の50貫を受け取り、仕事を探します。



豊前国(ぶぜんのくに)「小倉(こくら)の町」で「交易品購入」で「漆器28個」を購入する仕事を請けておきまする。



実は、隣の周防(すおう)・長門(ながと)国の「赤間関(あかまがせき)の町」で「漆器」が売っているとの事。



これは随分と楽な仕事ではございませぬか。



すぐに「漆器」28個を386貫400文で購入。



海峡を隔ててとはいえ、近い町同士での仕事は早く終わるのでありがたい。



安芸国(あきのくに)の「厳島(いつくしま)の町」は仕事が特に無く、備後国(びんごのくに)の「三原(みはら)の町」にて「交易品購入」で「昆布を170個」を請けておきまする。



調べた所、「赤間関の町」で購入できるそうですぞ。



急いで向かいますが、



Σ(゚д゚lll)ガーン



「昆布」は125個しかないではないですか…。



仕方なく、262貫500文で125個を購入しております。



どうやら中国地方の日本海側に売っているようなので、石見国(いわみのくに)の「浜田の町」へ。



112貫500文で残りの「昆布」45個を購入。



13日かかってしまったが、これで資金は538貫600文になった。




どうやら「交易品購入」は『予算以内で目的の品を買うことが出来れば、残りが儲けとなる』ようですぞ。



報酬以上に稼ぐことが可能ですな。



さて、近いという事もあって伊予国(いよのくに)「今治(いまばり)の町」へ。



ここは『稼げる交易品・蜜柑』が売っております。



相場が高くとも利益が出るというお奨め交易品(特産品)ですぞ!



「蜜柑」97個を533貫500文で購入しておきます。



さて、ここで「蜜柑」を売れる相場の高い町を探しますぞ。



「交易品相場」を調べてみますが…



残念な事に、今までの町では購入した「今治の町」が最も相場が高かった…。



次に向かった備中国(びっちゅうのくに)の「倉敷(くらしき)の町」も相場は安い。



しかし、続く讃岐国(さぬきのくに)の「丸亀の町」の相場が高く、蜜柑97個で970貫で売る事が出来ました。



そういえば、「基本は特産品を買って売る」と座の親父が話しておりましたな。



安い特産品を探して売って歩き、軍資金を増やさねば…。



隣の阿波・淡路国(あわ・あわじのくに)の「鳴門(なると)の町」にて「交易品購入」で「酢を52個購入」を受けます。



すぐ近く、河内・和泉国(かわち・いずみのくに)の「堺の町」にて購入可能なようですぞ。



早速、「堺の町」で「酢」52個を416貫で購入しておきます。



鳴門の町で仕事を終えると「操船術秘伝書」を獲得いたした。



これで積載可能量が増えますぞ。



さらに海での移動速度が上がるので便利でございます。



効率の良い商(あきな)いが出来ますな。



次は堺の町で特産品の「麹」194個を523貫で購入。



ついでに京の町で「金塊」を購入しておきます。



技能を教えていただくには武将との親密度を上げておく必要がございます。



技能の宝庫、黒田官兵衛殿に金塊を渡し、親密度を上げておきます。



ついでに播磨国(はりまのくに)「姫路(ひめじ)の町」の相場を確認しましたが、特に相場は高くなく…。



「鳴門の町」へ売りに出かけます。



「麹」194個が1416貫200文になりましたぞ。



そして、「鳴門の町」から「奈良の町」へ向かおうとする海上にて…



(゚Д゚≡゚Д゚)ナンジャ?



商人に「馬」を買わないかと持ちかけられ申した。



馬は移動速度を速めるので、持っているに越したことは無い。



ちょうど軍資金にも余剰があったので、購入しましたぞ。



400貫と大金でござったが…。



城の道場で鑑定をお願いすると…



「帝釈栗毛」でござった。



「帝釈栗毛(たいしゃくくりげ)…体高が六尺三寸もあり、居並ぶ武将を圧倒したという名馬。名は、梵天と共に仏法を守護する神・帝釈天にちなむ。



これで移動速度が増しています。



仕事や商いが素早く出来ますな…これは秀逸。



続いて立ち寄った「大和国(やまとのくに)の「奈良の町」で特産品「墨」を購入する。



ちょうど相場が安く、「墨」102個を1438貫200文で購入できました。



紀伊国(きいのくに)の「雑賀(さいが)の町」は相場が高く、1999貫200文で売却。



相場が高くとも儲けが出るので、「雑賀の町」で「蜜柑」122個を671貫で購入。



「鳴門の町」で1371貫600文で売却。



まだ在庫のある奈良の町の「墨」148個を2190貫400文で購入。



「雑賀の町」に着くとで病気になってしまった…。



しかし、悲しいかな技能が無いので、売買に特に支障が無い。



2752貫800文で売却。



京都へ向い「医者宅」にて治療を行う。



30貫かかってしまう…。



京の町にて相場を確認すると…



安いですぞ!



特産品「絹」233個を3168貫800文で購入。



「雑賀の町」で売ると4077貫500文となった。



さて、そろそろ徐々に足利義輝公との親密度を上げるといたそう。



京の町にて価値5の財宝「翡翠の首飾り」を118貫200文で購入いたす。



すぐに、足利義輝公の居城・二条城へ向かう。



城へ取り次いでもらうために10貫ほど、「袖の下」を渡す。



お目通りがかなった足利義輝公でしたが、どうやら初見のご様子。



師の兵法上覧時は打ち太刀でしたから、御記憶がのうても仕方ありませぬな…。



「翡翠の首飾り」を献上いたします。



「おおっ!これは素晴らしいものを…」と言っていただけたのだが、親密度は0.5から変化無し…。



ふぅ…この程度では義輝公には満足していただけないようです。



さらに価値の高い献上品が必要という事かと…。



商いなどをして、もっと軍資金を増やさねばなりませぬな。



「交易品相場」を確認すると「姫路の町」の相場が安いようです。



特産品の「紙」250個を3075貫で仕入れます。



鳴門の町にて3775貫で売り払いましたぞ。



南近江国(みなみおうみのくに)の「目加田(めかた)の町」は「陶磁器」が特産品だが、相場は普通。



美濃国(みののくに)「井ノ口の町」は相場が高く、特産品の「紙」は買わず。



儲かる商品がなかなか見当たらないので、ここは一気に相模・伊豆国(さがみ・いずのくに)の「小田原の町」へ向かうことにいたします。



特産品の「蜜柑」を買うためですぞ。



おっ!「馬」を持っているお陰で早く到着。



相場は高かったが、蜜柑250個を1350貫で購入。



同じく相場が高かったので、隣の武蔵国(むさしのくに)の「江戸の町」にて2500貫で売却いたした。



尾張国(おわりのくに)の「清洲の町」、三河国(みかわのくに)の「岡崎の町」、遠江国(とおとうみのくに)の「浜松の町」、駿河国(するがのくに)の「駿府の町」、伊勢・志摩国(いせ・しまのくに)の「津の町」、北近江国(きたおうみ)の「今浜の町」で相場を調査をするも相場は「普通」か「高い」。



安くで手に入る特産品は、なかなか見つかりませぬ。





道中、



「織田家の木下藤吉郎殿が、墨俣に城を作りましたぞ」と忍びからの報せ。







「墨俣と申せば、美濃斉藤家の居城・稲葉山の目と鼻の先……あのような地によく城を作れたものだ」



「織田家の木下藤吉郎か……あなどれんな」(丸目長恵)



1560年10月 木下藤吉郎は、墨俣築城に成功した



敵本拠の眼前にある墨俣の地に、どのようにして木材を運ぶか……



藤吉郎は鮮やかな手法でこの難問を解決した。



美濃の地理に詳しい友人・蜂須賀小六の協力を得、美濃山中で伐採した木材を川に流して墨俣まで運んだのである



墨俣に待機していた藤吉郎は、川から木材を陸揚げし、瞬く間に城を創りあげてしまった



世にいう「墨俣一夜城」の完成である







このような働きができるように、某(それがし)も早く仕官したいものですな。



さて、何か安い特産品が無いかと「交易品相場」を調べておりますと…



月が替わって、相場の変動したようです。



相場が安くなっていた「目加田の町」にて「陶磁器」200個を1840貫で購入。



重さがあるので、これ以上は持つことができませぬ…。



丹波国(たんばのくに)の「亀山の町」の相場は普通。



相場が高い摂津国(せっつのくに)の「石山の町」で売ろうとすると…



ガ━━Σ(゚Д゚|||)━━ン!!



1620貫…



なんと!ここには陶磁器を売っており、相場が高くとも売値が低ぃぃいいい!!



仕方なく、「相場が高く陶磁器の売っていない」町を探すと、「井ノ口の町」が該当。



そちらへ向かう。



すると道中で…



( ゚д゚)ハッ!



賊が襲ってきましたぞっ!



無論、剣術に憶えのある某(それがし)は自ら戦う…。



難なくこれを撃退いたした。



金79貫400文と「鎖具足」が手に入ったようです。




「井ノ口の町」で陶磁器を2160貫で売却。



これで所持金が6000貫を超えましたぞ。



それに、周辺の相場の安い特産品はほぼ在庫が薄い状態に。



ひとまず商いに一段落つけて、献上の品を買って仕官の準備をしようかと思いまする。
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by a_doctrinaire | 2009-11-18 00:36 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝1 出奔(しゅっぽん)
序章での通り、縁のある将軍家の権威復興のために、お手伝いをしようと考えた某(それがし)。



姓も顔も丸め…丸目長恵(まるめながよし)でございます。



「顔は丸め所か、丸そのものでは?」という質問には一切お答えいたしませぬ…



まるめぇ~、まるめぇ~ながよしぃ~でございます!








では、開始いたします。



肥後国(ひごのくに)人吉城にて「日々、生活できるのも殿のおかげ、しっかりご奉公せねば」と意気込む某(それがし)…これはほとんどの武将の心持ちなので、素通り(スルー)願います。



直後に忍びの報告がっ!



「丸目長恵さま!織田信長殿と松平元康殿が同盟を結んだようです!」



「ほほう…織田と松平が同盟を…?」




1560年 織田信長は松平元康と同盟した。



信長は、娘・徳姫を、元康の嫡男・竹千代に輿入れさせた。



この同盟は、向背常ならぬ戦国にあって、非常に強固な結びつきとなったのである…。







さて、「殿のためにご奉公を」と申しておりましたが、某(それがし)は将軍家の復権のために力を差し出す所存でござりますれば、まずは、主君・相良義陽(さがらよしはる)殿に「暇乞い」を願い出る事に。



「長恵か。よく来た」



「何の用だ?」







「殿、折り入ってお話がございます。」



「何だ?改まって」



「この長恵、思うところありまして、殿の元を離れとうございます。」



「なんと、わしの元を離れると!?長恵、本心か?」



「理由はお尋ねくださいますな……殿、この拙者のわがままお聞き入れくださいませ!」



「冗談ではない!なぜ、このわしを見捨てるか。わしに落ち度があったというか!」



「いえ、他意はございませぬ。どうか何もおっしゃらずに、拙者を追放してくだされ…」



「………わかった、では何も聞くまい。だが、今をもっておぬしとは他人。今度出会うときは、おそらく敵だな」



「殿、申し訳ありませぬ。このご恩は一生……」



「何をぐずぐずしておる!おぬしは敵ぞ、さっさと出てゆけ!二度とわしの前に顔を見せるでない!」



「ははっ!失礼いたしまする!」



自宅へ戻る某(それがし)…。



「この部屋を出るのも何か寂しいものがあるが……いや、今さら後悔はすまい」



「さて、とりあえずこの国にある八代(やつしろ)の町に引っ越すとしようか」








相良家を出奔した某(それがし)。



これからすぐにでも将軍家に仕官したいところですが、親交の無い足利義輝公に仕官する事は到底叶いませぬ。



親密度を高めるためにも何か献上したり、交流を深める必要がありまする…。



さらに、やはり将軍家の繁栄のためにも、ある程度の技能を身につけている必要があるかと。



当面は、「軍資金稼ぎ」と「技能習得」が目的になるかと存じます。



そこで、まず人や金が集まり、将軍家お膝元の山城国(やましろのくに)「京の町」に引っ越す事に。



引越すために、まず自宅のある八代の町へ。



道中、忍びの報告にて



「土浦城城主の小田氏治が佐竹家に対して謀叛を起こし、大名となりました!」



主家に対して謀叛を起こすなど…いや、某(それがし)も主家を出奔いたし、将軍家へと向かおうとする身。



人の事は申せませぬな…。



さらに、



「忍城城主の成田氏泰が上杉家を裏切って北条家に寝返りました!」



との事。



おおっ!



城主を裏切らせて、自国へ引き入れるとは素晴らしい。



合戦をせずに、自国の領土とするには最善の策ではなかろうか?



いずれ、某(それがし)も他国の城主を将軍家へ内通させたいものですな…。




さて、八代の町に着くとまず自宅へ戻り、引越し先を「京の町」とする。



「よし、そうと決まれば、さっそく引越しの支度をせねば……」



すぐに身支度を整えて「京の町」を目指して、旅立ちます。



将軍家お膝元へ。
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by a_doctrinaire | 2009-11-16 23:58 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)

長恵伝 序章
PSPやPS2などのリコエイションゲーム『太閤立志伝4』の遊記録(プレイレポート) 第2弾



 シナリオ1 1560年



永禄三年(1560年)五月、駿河・遠江の地に覇を唱えた戦国大名・今川義元は、桶狭間で尾張の風雲児・織田信長の奇襲にあい、まさかの戦死を遂げた。鉄壁を誇った今川・北条・武田の三国同盟も終わりを告げ波乱の予感が迫る関東に、上杉謙信も狙いを広げる。いっぽう西国では、毛利元就・島津貴久らが擡頭(たいとう)し、時代は群雄割拠の戦国から、次第に統一への気運が高まっていったのである…


d0133437_238372.gif



某(それがし)は、丸目長恵(まるめ ながよし)。



肥後国(ひごのくに=現在の熊本)八代の生まれで、父と同じく相良家に仕え、19歳の頃に上洛し、上泉(こういずみ。あるいは、かみいずみ)信綱殿に師事し、兵法の修業に励みました。その後、師・上泉信綱が将軍足利義輝公の前で兵法を上覧した際には、相手として打太刀を努めさせて頂いた次第です。



能力は、



統率31 武力91 内政32→50 外交13→16 魅力53 



技能は、



剣術3 弓術1 礼法1



といった所でございまする。



さて、某(それがし)は、今まで相良家にお仕えいたして参りました。



が、一身上の都合で、お暇を頂こうと思っておりまする。



実は、某(それがし)…



……







(☆∀☆)キラリン



上洛して、将軍家にお仕えしようかと思っているのです。



主君・相良義陽(さがらよしはる)は、将軍足利義輝公から偏諱(へんき)を受けており、某(それがし)も師・上泉信綱の兵法上覧の際に義輝公に拝謁しており、縁がございます。



義輝公は将軍でありながら、まずは細川晴元、そして三好長慶らと戦って、一時期京を追われたとの事。



現在は細川晴元殿とご一緒で、三好家とも和睦してはいるようですが…。



足利幕府の権威を取り戻すために、某(それがし)が少しでもお役に立てれば幸いでござりまする。



ちなみに…



『名は体を表す』と申します。



我が容姿が丸めに映るのも、名の証かと。



決して「こむ〇〇マン」ではござりませぬぞ!



近くにサンプルがあったので、そのまま流用しよ…



( ゚д゚)ハッ!



そこら辺は



m(_ _)mゴヨウシャクダサレ…




前回と比べると、少々細かい所は端折っていこうかと思っております。



あまり、書いてばかりだと疲れマスカラ…。



それでは次回スタートっ!
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by a_doctrinaire | 2009-11-16 02:41 | 太閤立志伝4 長恵伝 | Trackback | Comments(0)


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