氏真伝23 麿、時勢により仕官先を決める
足がかりとなる大名家をどこにするか悩んでおった麿。



実は奥方候補の方をかなり深刻に悩んでおる今川氏真(いまがわうじざね)ぢゃ。



初めて出会った「甲斐の町」の「はつ」殿、姫路城での師事で疲れた麿を癒してくれた「長船の町」の「つう」殿、麿にやさしそうな「小倉の町」の「さえ」殿、手ぬぐいが似合っている「直江津の町」の「きぬ」殿などぢゃ。



他の女子(おなご)たちは少々勝気に見え、麿が尻に敷かれている姿の方が似合っているので、やめておこうと思っておる。



大名から没落する時や博打(ばくち)打ち、貧乏浪人の時には、かの者らとの「らぶろまんす」を楽しむとするかの…。



さて、他の武将と茶会や贈り物をしていると忍者がやってきた。




「羽柴軍と徳川軍の戦いは羽柴軍の勝利です。」



「徳川殿でも勝てぬとは…天下は羽柴殿のものとなるのか…」



1581年11月 



羽柴秀吉は徳川家康と対決した。



羽柴軍は、奇策を用い徳川軍の背後を脅かすべく動いた。



徳川軍もこれを察知していたが、羽柴軍の強さの前に敗れ、からくも戦場を脱出した。



なるほど…秀吉側に相変わらず有利に進んでおるの。



麿が徳川家康殿と茶会でもしようと、浜松城を訪れると、



忍が報告してきた。



「羽柴秀吉さまと織田信雄さまとの間に和睦の動きがあるようです。」



「なに!羽柴殿と織田信雄殿が?ふむどういうことであろうか。羽柴殿にとって本当に和睦したいのは徳川殿のはず」



「徳川さまは一朝一夕で攻略できる相手ではありません。徳川さまと和睦するためには一旦、織田信雄さまと結ぶのが得策ということでは?」



「なるほど。織田信雄殿と和睦できれば、徳川殿は孤立することになる。」



「そのうえ、織田信長亡き後の織田家を盛り立てるという大義名分を失います。これでは徳川さまの方から和睦せざるを得なくなります。」



「確かにそのとおりだ。この和睦、果たして成立するのか…」




そこへ「くの一」が現れた。



「今川さま!」



「羽柴秀吉さまと織田信雄さまが同盟いたしました」



「おお、そうか!ちょうどその話をしておったところじゃ。詳しく聞かせよ」



「羽柴さまは、織田信雄さまに対し、配下であるがごとく振る舞い織田信雄さまを持ち上げたようです。織田信雄さまは、これに機嫌をよくして喜んで同盟に応じたとか」



「羽柴殿とは、人をたらし込むのがうまい男よ。だが、これで徳川殿は孤立したぞ。さて、どう出るのか?」



1581年11月 羽柴秀吉は、織田信雄と同盟した。羽柴秀吉は、政略により徳川家康を孤立させることに成功したのである。




体力を回復させて外に出ると、また忍びがやってきおった。



「徳川さまが羽柴さまの同盟申し込みに応じたそうですぞ。」



「徳川殿も戦う理由をなくしたうえ、孤立するとあってはやむを得ぬところだろう。」



「羽柴さまは、徳川さまの子・秀康を養子にすることを提示したそうです。」



「体(てい)のいい人質か…しかし、徳川殿も応じないわけにはいくまい」




相変わらず、一方的ぢゃの…。




越後の方で戦闘が終わったようぢゃったので、麿は春日山城を目指した。



直江兼続(なおえかねつぐ)殿に「軍学」を師事したのぢゃが、



あっさりクリアした…一から書くと長引くので、今回は端折ることにしようかの。



終了後に、陣形「鋒矢(ほうし)」を得たぞ!



しかし…(゚Д゚≡゚Д゚)?



ありゃ?一つだけぢゃった…。



もう一回いかねばならぬのかの?



ちと、悩んでおると忍者が報告に参った



「ついに徳川さまと羽柴さまが同盟に向けて動き出しました。羽柴さまは、徳川さまの子・秀康を養子として迎えました。さらに姉君を徳川殿の正室として送り込み、上洛を促しているとか。そればかりか、母御前まで送り込む用意まであるとの噂でございます…」



「ここまで圧力をかけられては、徳川殿も羽柴殿に従わぬわけにはいかぬだろうな…。」



ありゃ?なんだか「いべんと」ばかりが続くの…。



1582年1月1日に忍びがやってきた。



穴山信君(あなやまのぶぎみ)殿が穴山梅雪(あなやまばいせつ)に、細川藤孝殿(ほそかわふじたか)が細川幽斎(ほそかわゆうさい)と名を改めたとの事ぢゃ。



一息ついて、ふと交易品相場を見ると「津の町」の相場が安くなっておった。



「津の町」で「伊勢海老」を6230貫で購入。



京の町にて13487貫500文で売れた。



所持金は26099貫100問ぢゃ。



久々に勢力図を確認すると、九州では「島津家」の勢力がこの上なく広がっておった。



おそらく「大友家」「龍造寺家」は、もう持たぬぢゃろう。



少しして忍者から報告があった。



「大友宗麟に代わり、立花道雪が、後を継いで大名となりました。」



1582年1月17日ぢゃった。



春日山へ向かうが、直江殿は留守ぢゃった…。



忍びが報告に来た。



「今川さま!ついに徳川さまが、羽柴さまに降りましたぞ。」



「これで徳川殿も羽柴殿と同盟したわけか!」



1582年 羽柴秀吉の要請に応じ、徳川家康が上洛した。家康は多くの武将の前で秀吉に臣下の礼をとり、羽柴家と同盟した。実力者たる徳川家康の帰順により、諸国の大名も羽柴秀吉の威勢を認めないわけにはいかなくなった…。




歩いていると、忍びがやってきた。



宇都宮家は滅亡しました。



1582年1月24日の事ぢゃった。



ふぅ~。



ちと、マズい事になってきた。



大した勢力でも無い徳川家が、羽柴家の傘下に入ったという事がぢゃ!



羽柴家の服従状態となり、それまでの織田家との同盟が無くなっておる。



つまり、三河国、遠江国で孤立してしまったという事ぢゃ。



周囲は、



北信濃国、南信濃国、甲斐国、駿府城を有する敵対する武田家



相模・伊豆国、武蔵国、上総・安房国、常陸国、下野国、沼田城と箕輪城、興国寺城を持ち、さらに北上中の北条家は、武田と同盟関係



羽柴家は四国の長宗我部家と上杉景勝家と戦っており、武田家とは戦をしておらぬ。



ヘタすりゃ、徳川家あっさり潰されるの…。



「駿府城を取り戻して、家を再興する」が第一ぢゃった麿なのぢゃが、



第二に「駿河国と遠江国を奪った徳川家と武田家をこの手で滅ぼす!」というのもあるのぢゃ。



技能を磨いて、金を貯めてから仕官しようと思っておったが、予定変更ぢゃ。



第一は、後でも何とかなるが、恨む相手がおらぬようになっては元も子も無い!



このまま黙って徳川家が滅んでいくのをのんびりと見ておるほど、麿は人が出来ておらぬ!



ひとまず徳川の滅亡を回避すべく、麿は徳川家へ仕官する事とする!





まとめは「太閤立志伝4 氏真伝ひとまとめ」へ
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by a_doctrinaire | 2009-05-09 20:40 | 太閤立志伝4 氏真伝 | Trackback | Comments(0)
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